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【CCRCインタビュー】 総合政策学部 國領二郎教授「サイバー文明論―持ち寄り経済圏のガバナンス」

情報技術の進歩がもたらした新しい経済のかたち
デジタル技術の急速な発達に伴い、世界中で市場のビジネスモデルは変容の様相を見せている。それまでのビジネスモデルは、近代工業の登場で生まれた「大量生産されたモノの所有権を市場で金銭と交換する形」が主流だったが、デジタル時代が本格化するにつれて「モノやサービスを利用する利用権を、登録したユーザーへ付与する形」が勢いを見せ始めている。黒船のように現れたデジタル技術は、近代工業の発展を支えてきた経済の前提を大きく覆す影響力を持っていたのだ。
デジタル技術が発達したことで「情報」が大きな価値を持つようになったが、所有権をめぐるそれまでの市場において、モノと同じように情報を扱おうとすると、その特性上矛盾が生じた。
デジタルで記録される情報は、物財と大きく異なる特性を持っている。使っても減らない、複製コストが小さい。そうした特性を持つ情報を物財と同じように所有権交換の市場に乗せるのが難しい。そのような特性をフルに活用したのがGAFAを代表とするプラットフォーム(以下、PF)だった。しかしこのPFの登場により、矛盾はさらに進むことになる。それは、情報は社会で共有することで大きな価値を生み出すにもかかわらず、情報をより集めるもの(=PF)が勝者として圧倒的な力で市場を独占するようになったことで、全体利益のためのデータの共有が困難になったことだ。それだけでなく、全体利益のために集積され利活用されるべき情報が、PFに広告ビジネスが加わったことで人々が監視され、操作され、搾取される危険性が高まってきた。
こうした大きな矛盾を打開するためには、このデジタル時代を近代工業時代以来の新たな文明の到来と捉え、これまでの考え方・価値観を延長させるのではなく、それを根本的に変え、この新しい時代に適合した見方で社会設計していかないと対応しきれなくなる。そう警鐘を鳴らすのが、昨年(2022年)5月に「サイバー文明論」と題する著書を出版した総合政策学部の國領二郎教授だ。
データは誰のものか
市場における情報の扱いについての問題を考えると、中国の社会システムの方がデジタル時代に上手く適応しているという見方もできるかもしれない。中国は「データは皆のもの」という公共の考えのもと、国家が国民のデータを管理し、国家を挙げてのデータ利活用を進めている。しかし、そこにはデータの力を使い独裁的なやり方で政府に対する反対者を押さえつけている現状も見え隠れしている。一方の資本主義諸国では、市場主義の原理でデータを私企業にコントロールさせながらも、「データは個人のもの」というプライバシー権をめぐる問題と、データ独占企業の圧勝による経済格差の問題に直面している。こうした、双方で矛盾が多く存在する中で、データ統制の基盤をどう構築することが、これからのデジタル時代で人の本質的な幸せと経済的安定に繋がるのか。哲学・倫理にまで遡って、中華文明と西洋文明が進むべきサイバー文明の姿を本書で提示した國領教授にお話を伺った。

 

(聞き手:鈴木)
まず、昨年(2022年)5月に出版された著書「サイバー文明論―持ち寄り経済圏のガバナンスー」を書かれるに至った経緯を教えていただけますか。
(國領教授)
インターネットをはじめとするコンピュータ・ネットワークが、社会や経済に与える影響について長年研究をしてきました。その中で、デジタル情報を扱う経済の動きが、根本的な部分でそれまでの工業文明の経済の動きと大きく異なることを感じていました。
例として音楽のビジネスモデルを挙げると、以前はCDに焼き付けてモノと同じ売り方をすることで、利益を出していました。しかしネット上で配信されるようになると、複製コストがほとんどかからなくなった。経済学の原則では、追加1単位を供給するコスト(複製コスト)と価格が一致したところで市場が均衡します。つまり、追加1単位を供給するコストがゼロなら価格ゼロになってしまうわけです。そのため、大量のコンテンツがネット上に溢れるようになりました。
この状況を見て、デジタル情報を扱う経済はそれまでの市場経済とは原理的に違う構造をしていると感じました。それでもこれまでは、モノを扱うビジネスモデルと同じモデルでビジネスをしようと、デジタル情報を知的所有権や著作権といった財産権のように情報を運ぶ媒体を売り買いすることで利益を出してきました。しかし、スマホが世界中で使われるようになり、映画も本も世界中どこからでもスマホ一つで見られるようになると、モノや権利の所有権を売り買いするのではなく、ユーザーに利用権を与えることで利益を出すビジネスモデルが台頭してきました。
物財についても購入して使うのではなく、使いたい時だけ借りて使う流れが出てきました。シェアオフィスやサイクルシェア、モバイルバッテリーレンタルといったシェアリングサービスです。背景にはトレーサビリティ(追跡)技術の発達があります。センサーやネットワーク技術のおかげで貸したモノの現在地がわかるようになったことで、こうしたシェアリングサービスが可能になりました。このように、モノのネットワーク化が進んだことで、かつてのようにモノの所有権を買うのではなく、必要な時の利用権を買うスタイルが広がってきたのです。
デジタル技術の影響で変容していく世の中を見て、この話は文明論として考えないといけないと感じていました。かつて福沢諭吉先生は、新しい文明を国に取り入れる時はテクノロジーだけを取り入れるのではなく、その背景にある哲学や精神を取り入れることが大事だと言いました。そのような考え方を基礎に明治の人たちは、工業文明を日本に取り入れる際、民法を作るところから始めました。そうすることで初めて、日本の中に新しい工業文明や市場経済が根付いたわけです。
単にテクノロジーを取り入れるだけではなく、法体系を作ることや、法体系を支える哲学・倫理を導入することで、明治初期は新しい文明を取り入れたことがわかります。所有権ではなく、利用権を売り買いする経済がさらに大きくなってくると、これまでとは違う法体系や哲学・倫理が必要になるという問題意識で、デジタル化する世界を新しい文明の到来として捉える、この「サイバー文明研究センター」を作りました。
テクノロジーと法制度と経済、それぞれの分野を組み合わせて研究者同士がアプローチするセンターを作らないと、この新しい文明は扱いきれないと思ったんです。その中核となる考え方を一般の人にも理解してもらえるよう文章に落とし込みたく、今回執筆にあたりました。

 


(鈴木)
なぜセンター名に「文明」が入っているのか、これまで疑問に思っていたのですが、今回読んだ著書と今のお話を伺ってようやく腑に落ちました。
教授は冒頭で、2021年米国議会襲撃事件から浮かび上がる現代の構造的な問題について触れていますよね。この構造的問題とは経済格差でしょうか。それともエコーチェンバー(*1)やフィルターバブル(*2)による情報格差の問題でしょうか。
(國領教授)
問題はいくつかありますが、その中で最も大きいのは経済格差だと思います。追加1単位のコストがゼロに近いものを売ると、利益率がとても高くなります。さらに、ネット上で売ると膨大な利益が出てきます。モノを作って売る場合、モノを作る人を雇う必要が出てくるので、人件費として他の人にもお金が回りますが、ネット上でデジタルコンテンツを売ると一部の人たちだけにお金が流れ、他の人にお金が回りません。これが、情報デジタル産業で給料の高い人と、それ以外の産業で給料の低い人との極端な差が生まれる原因になっています。金融業界も似たような構造で、製造業と比べて雇用吸収力が小さい。こうした利益率の非常に高い産業で、その売上がどんどん大きくなると貧富の差が極端に拡大する構造的な問題があります。2021年の事件には現代社会が抱える極端な経済格差への不満が一つとして表れていました。
(鈴木)
ただ、自由資本主義の元に生きている以上、私たちは経済格差を受け入れなければならないのではないでしょうか。
(國領教授)
そうですね。しかしそれも程度の問題で、格差が大きくなりすぎると、所得の低い人々による不満が大きく膨らみ、議会に殴り込むような事件が起こるわけです。
(鈴木)
過去を見ても、現在ほど経済格差が拡大したことはなかったのでしょうか。
(國領教授)
いえ、工業文明が始まった頃の、資本家と労働者の間の経済格差も大きな問題となりました。本の中に当時の写真があります。1937年と2021年の写真が並べてありますが様相が似ていますよね。1937年の当時は生まれた利益をほぼ全て資本家が吸い取り、労働者には少ししかお金を出さない状況がありました。そうした中、労働者側からは資本を社会で共有化しようという共産主義の考えを支持する動きまで出てきました。そこで資本家は慌てて賃金を上げ、労働組合も認め、バランスを取り直したという経緯があります。
1937年の後、第二次世界大戦が起こり、その後に大衆消費社会の時代がきます。すると製造業がさらに強くなり、ミドルクラスと呼ばれる中間層が厚くなりました。このミドルクラスの存在が社会を安定させたのです。しかしその後、製造業が徐々に弱くなり、知識産業が強くなると、所得格差の度合いが再び大きくなりました。すると今のように経済格差の両極端が生まれ、社会が不安定になるわけです。またこうした経済格差だけでなく、情報格差の問題のこの事件には表れていました。
(鈴木)
あの時はトランプ大統領が、現状に不満を持っていた人たちをSNSで煽ったことも要因になっていましたよね。
(國領教授)
TwitterやFacebookなどのPFのビジネスモデルは広告収入で成り立っているので、騒ぎが起こってユーザーの関心が集まるほど儲かる仕組みになっています。つまり炎上している方が多くのユーザーが見て広告収入が上がるので、炎上を煽ることで利益が増える構造なので炎上が起きやすい環境になっています。
さらに人間の性質として、自分にとって耳障りのいい情報しか欲しくないという心理があります。原発反対派の人たちが原発反対派の人だけでフォローし合っていると、世の中のほとんどが原発反対派だと思ってしまう。その逆も然りでこれがエコーチェンバーです。そういった構造がTwitterやFacebookといったPFにはあるので、極端な意見を信じ込む人たちが生まれやすくなっています。

 


(鈴木)
そこが1937年の時とは違う点ですね。
(國領教授)
当時も週刊誌などが過激な記事を出して購読者を増やしていましたが、今回は何が違うかというと個人でも発信できて、過激なことを言うと何十万というフォロワーができてしまう点です。昔は記者だけコントロールしておけばよかったものの、今は相手が個人なので人権(表現の自由)のこともあり容易にコントロールできない状況です。ちょうど今、Twitterが今後どうなるかがが注目されていますよね。
(鈴木)
ちなみに中国ではそうした過激な発言はできない仕組みになっているのでしょうか。
(國領教授)
中国にはTwitterはなくウェイボーがありますが、国民の発言は政府(中国共産党)によりしっかり監視されています。過激な発言全てが禁止されているわけではないですが、政府に対する批判については少しでも出てくると潰されます。
(鈴木)
中国でのデータ統制についてですが、中国では公益の名の下に国民のあらゆるデータを政府が管理・統制していますが、それによる効果は何か出ているのでしょうか。
(國領教授)
中国は国民監視のためにデータ統制をしていると思われがちですが、中国の本来の目的は経済発展にあると私は見ています。国民監視は二の次で、それ以上の目的として、集めたデータをAI開発に利用することに、より大きな力点があるのではないかと。私が注目しているのは中国のオープンデータポリシー(政府が集めた情報を開示すること)で、これを中国は熱心にやっています。企業が集めたデータを一旦、国が回収しそれを匿名化し、様々な企業が利用し開発に活かせるよう、資源として提供することに中国は力を入れています。
国民監視や、企業からデータを巻き上げているという側面が注目されがちですが、確かにそれを国民監視のためにも利用しているのは事実だと思いますが、もう一方でそれを技術開発のために企業に使わせている側面に注目しています。今、中国は10億人のデータを使ってAI開発しています。日本は1億人しかいない上、さらにプライバシー権などの問題が壁となりその使い勝手が悪いので、中国に負けてしまいます。しかし、かといって中国のやり方を真似することは、プライバシー権など人権問題があり難しいので、別のアプローチをする必要があります。
そこで考えられるのが、公共目的のためにデータを提供してくださいという投げかけに対し、自発的にユーザーが個人データという資源を提出し、それに対して公平なリターンがもらえる、さらに生まれた社会的価値の配当を受け取ることができる仕組みです。ただし、データを預かった人は公共目的のため以外には利用しない、という社会契約を結ぶことが前提となります。

 


(鈴木)
その仕組みに広告ビジネスが入ってしまうと、広告スポンサーの利益優先になりそうですが。
(國領教授)
現在PF上で主流のターゲット広告については、ユーザーを広告スポンサーの方に誘導させている点で私も問題視していますが、ユーザーが欲しい情報を中立な立場で提供するやり方での広告ビジネスはあってもいいと思っています。ただ、今のPFの状況をみると、何かしらの規制がかかるべき時が来ていると考えています。
(鈴木)
元々先生はPFに対する規制には慎重な立場だと思っていましたが、今回の著書では、忠実義務違反(*3)の見方でPFを規制すべきではないかとおっしゃっていました。その見方で規制がかかる場合、PF事業者は今と大きくやり方を変えなくてはならなくなりますよね。それほど厳しい姿勢で向かわないと、現在のPFと広告のあり方は問題であるという強い危機感があるのでしょうか。
(國領教授)
はい、あります。2021年1月6日の米国議会襲撃事件が起きた時は、あるレベルを超えた問題、民主主義の崩壊が見えたと感じました。PFへの規制は最終手段と思っていましたが、それを発動しないといけないくらいのところにすでに来ていると考えています。ただ理想を言えば、現在のPFの広告ビジネスモデル以外で、もっと公正なやり方で利益が出るビジネスモデルがあればいいわけです。そのために今、実践的な取り組みに関わっている最中です。
(鈴木)
そのようなモデルケースがあるのでしょうか。
(國領教授)
市民が自分の意思で自らのデータを提供する仕組みを作ろうとするプロジェクトに現在関わっています。前橋で始まったプロジェクトですが、日本全国で導入できるモデルになっています。
そして、この新たなPFではターゲット広告をやらないことを宣言しています。広告全てが悪いわけではないですが、ターゲット広告は一度でもあるキーワードで検索するとその後もずっとそのキーワードに関連した広告が出続けます。この状況を見るとユーザーよりも広告スポンサーの利益を優先していることは明らかです。

 


(鈴木)
著書の中でおっしゃっているような忠実義務違反の見方で、PF事業者に規制を課す法律ができる可能性は今後あるでしょうか。
(國領教授)
ちょうど今EUが、Facebookのターゲットマーケティングに対して規制をかけようとしていますが、日本はEUのような厳しい措置はできない国柄なので同じようにはいかないと思います。
(鈴木)
文明が変わる時は、法制度だけでなく私たちの哲学や倫理観までも、今までとは変える必要があると書かれていましたが、どのような価値観が合うのでしょうか。
(國領教授)
一番大きいのは所有の考え方です。今は、個人が人権を持っていて、人権の中に所有権があるという考え方がベースとなっています。そして中国では「データは社会のもの」、西洋では「データは個人のもの」という考え方があります。どちらがいいとは一概に言えませんが、データは誰のものなのか、そのレベルから考え直さないといけないと思います。所有権を設定してしまうから、売ったり買ったりする中で争いが生じるわけです。
例えばユーザーがある病気や悩みを持っていて、その情報を得たPFや広告スポンサー側がその弱みにつけ込むような商品やサービスを広告提供するのは倫理的に間違っていますよね。所有という見方をするとデータの奪い合いになります。そうではなく利他主義の見方で、データは社会のもので、社会のために使うけれど、データを預かる側とデータを提供するユーザー側の利害が相反する時は、ユーザーの利益を優先する。こうした原則のもとにデータを社会のものとして使うことが私の考えです。そう考えると人々の価値観から変わる必要が出てきます。
(鈴木)
人間の価値観が変わるためにはどのようなことが変化のきっかけになると思われますか。法律ができれば変わるのでしょうか。
(國領教授)
法律もそうですが、私は教育に関わる者としてそれは教育にあると信じたいです。
(鈴木)
なるほど!確かに人に考え方の土台が根付くのは教育によるところが大きいです。
(國領教授)
その意味も込めてこの本を書きました。

 


(鈴木)
最後に、著書のタイトルにもなっている「持ち寄り経済」についてお話しいただけますか。
(國領教授)
一言で言えばモノの所有権を移転するのではなく、利用権をみんなに貸し出して共同利用するモデルのことです。
(鈴木)
利用権を貸し出した人が得られるものはなんでしょうか。お金でしょうか。
(國領教授)
お金でもいいですが、感謝や信頼でもいいのではないでしょうか。家族や友人といった信頼関係のある人には自分のものを貸して、感謝や信頼を得るやりとりを私たちはすでにしています。村落共同体でもそのようなやり方が機能しています。
(鈴木)
先生は著書の中で、新たなサイバー文明での「富」とは、それまでの「お金」ではなく「信頼」になるのではないかと問いかけていました。
(國領教授)
この150年くらいは「富=お金」という価値観が強かったですが、これからは「富=名誉や信頼」という価値観が台頭してくるかもしれません。実際、NFTのバッジを集めることが流行りつつあります。
(鈴木)
NFTバッジの価値はもらった人からの感謝や信頼を周りに示せることですよね。確かにそれを考えると「富」を「感謝や信頼」と見る流れは少しずつ表れているのかもしれません。富を信頼や感謝とする見方が、人々の間に浸透すれば、企業はユーザーからの信頼を得るためにユーザーから預かったデータを、ユーザーの利益最優先で活用する動きが出てきますよね。そしてユーザー側は、社会や公共のために進んで個人データを、信頼できる企業に提供し、そのデータの利活用の結果を享受できます。データの奪い合いがさらに加速しないよう、持ち寄り経済圏の土台となる私たちの所有や富に対する考え方が変わるべき時はすでに来ているのだと感じました。
*1 エコーチェンバー:自分と同じような意見を持った人々が集まる場で、自分の意見が肯定されることで、それらが正解であるかのごとく勘違いする、又は価値観の似た者同士で交流・共感し合うことにより、特定の意見や思想が増幅する現象のこと。
*2 フィルターバブル:PFのアルゴリズムにより、ユーザーが見たくないような情報を遮断する機能(フィルター)が働き、まるで泡(バブル)の中に包まれたように、自分が見たい情報しか見えなくなること。
*3 忠実義務違反:ユーザーからデータを預かった者がそのデータをユーザーの利益のために利用せず、ユーザーからの信頼を裏切ることを問題視する考え方。
(聞き手・文章/鈴木薫)
サイバー文明論―持ち寄り経済圏のガバナンス
発行日   2022年05月18日
著者名   國領 二郎 著
発行元   日本経済新聞出版

國領二郎教授Profile

慶應義塾常任理事、慶應義塾大学総合政策学部教授
1982年東京大学経済学部卒業。日本電信電話公社入社。1986年ハーバード・ビジネス・スクール留学。1992年同経営学博士。1993年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。2000年同教授。2003年同大学環境情報学部教授。2006年より総合政策学部教授。2005年SFC研究所長、2009年総合政策学部長、2013年慶應義塾常任理事。主な著書に『オープン・ネットワーク経営』(日本経済新聞社、1995)、『オープン・アーキテクチャ戦略』(ダイヤモンド社、1999)、『オープン・ソリューション社会の構想』(日本経済新聞社、2004)、『ソーシャルな資本主義』(日本経済新聞社、2013年)がある。