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【CCRCインタビュー】 CCRC共同センター長 村井純教授 「この5年間とこれから」

デジタルテクノロジーの波を受けて

2018年4月に設立されたサイバー文明研究センター(CCRC)が今年の4月で5年を迎える。2019年に起きたコロナパンデミックという世界的・歴史的出来事により、デジタル化が一気に進む世界を目の当たりにしながら、CCRCは一研究機関としての存在意義を強めることとなった。パンデミック前と後では世界の様相が大きく変わり、同時に人間個々の価値観、倫理観、哲学までも揺るがされる事態となった。デジタルテクノロジーが私たちの生活からは切り離せないものとなったことで、私たちの考え方や生き方にまで影響を与える存在となり、そのことを一人ひとりが自覚し考えなくてはいけないところに来ている。
ただ、これほど一気に大きなデジタルテクノロジーの波を受けて、とまどっている人も少なくない。デジタル化の中でこれからのメディアはどうなるのか、教育はどうなるのか、医療はどうなるのか、挙げていけば際限がないほどテーマは多岐に渡っている。
そのデジタルテクノロジーを研究領域として経済、法律、セキュリティ、医療、メディアといったあらゆる分野と結びつけて議論し、人類がどのような方向を目指していけばいいのかを議論し、未来に向けて取り組むのがサイバー文明研究センターである。今回はその共同センター長である村井純教授にインタビューをさせていただき、この5年間とこれからについてお話を伺った。
(聞き手:鈴木)
この5年間でCCRCは一研究機関としてどのような役割を果たしてこられたと考えますか。
(村井教授)
サイバー文明という考え方が新しい視点だったと思います。サイバー空間はデジタルテクノロジーでできたグローバルな空間で、重要な点はここで世界が一つになったことです。こうしたものを人類は今まで手にしたことがありませんでした。このグローバルな空間を人類が手にしたことで、世界全体が大きく変容していく状況を評価すると、これは新しい文明であると考えたのが5年前でした。
実を言うと当初は、文明と言うのは言い過ぎなのではないかと思うこともありました。文明とは、数学や天文学や物理学などの科学を背景として道具が生み出され、その道具を人類が手にして巨大な建築物を作り、さらに都市が生まれ社会形成が行われるこのストーリーそのものを指すと思います。コンピューターは数学から生まれた計算する機械つまり道具であり、この道具を使いこなすまでに人間は130年程かかりました。最初のコンピューターは計算しかできませんでしたが、それが月日を経て徐々に人間に役立つ道具となり、そこから新しい社会や経済を生み出すに至りました。これはもう文明であると言えます。そのような思いでサイバー文明研究センターを作りました。
設立から5年間で二つの大きなことが起こりました。一つはコロナパンデミックです。この出来事により、自宅に閉じ込められていても仕事ができる、学校が閉鎖しても授業にでられる、それはサイバー空間でないとできないということを皆が実感しました。
もう一つはウクライナ侵攻です。ウクライナ侵攻は実空間とサイバー空間でのハイブリッド戦争であり、軍兵器で国境を争う一方で、SNSを使った情報戦にもなっています。これら二つの歴史的・世界的出来事を通じて、完全にサイバー文明の時代になったことを実感しています。
我々が5年前に言い始めた「サイバー文明」ということを、多くの人が必然的に納得してくれる流れにこれほど早くなったのは正直、予想外でした。学問というのは、一つの新たな見方や発想を、周りの人が理解するまでに時間がかかります。だから論文を書き、シンポジウムやワークショップを開催して、周りの人の理解を得ようとするわけです。ところが今回の場合は、我々が殊更言わなくても、皆がサイバー空間の重要性を実感したので、この研究の重要性を訴える必要がなく、それは有難いことでした。新しい研究を始めた時は、その研究の重要性を周囲に理解させることに時間と労力のコストがかかりますが、この5年で我々の研究に対する人々の理解が促される出来事が二つも起こったことは、センターにとって背中を押す力となりました。

 

(鈴木)
CCRCにはいくつかのワーキンググループがあり、サイバーに関連した課題に対してそれぞれのグループが動いていますが、いくつか教えていただけますか。
(村井教授)
道具は、良い使い方も悪い使い方もできます。インターネットテクノロジーも同じで、良い使い方と悪い使い方、つまり善用と悪用があります。当初は学術分野だけでのインターネット利用だったので悪用は見られませんでしたが、誰もが日常で使うようになり、悪用する人も出てきました。そのためインターネットの安全性を確保するために、サイバーセキュリティの研究はなくてはならないものとなりました。
また、メディアの問題も年々大きくなっています。これは国内だけでなく世界の問題でもあります。この十数年でメディアを取り巻く環境があまりに大きく変わってしまったことで、ニュースのあり方、広告のあり方が問い直されています。フェイクニュースやデジタル広告の氾濫の問題に取り組むためのワーキンググループが2020年に立ち上がり、ようやく地盤が固まったので今年から本格起動します。
もう一つ、DX化が進む中で医療と健康の分野はどうなっていくべきか。国内では医療データの取り扱いやロボット手術、オンライン遠隔診療、救急でのデジタル活用が注目されています。CCRCでは医療と健康のDXセミナーと題する集まりを開催し、デジタル技術を活用している医療関係者の知見交換の場を提供しました。また海外でも、貧困地域でのオンライン遠隔診療の可能性が見えてきました。医者がいない、行けない地域でも医療を届ける手段が増えたということです。デジタルテクノロジーは善用すれば貧困地域を救う可能性も持っています。

 

(鈴木)
CCRCはアジア太平洋地域でのインターネット普及にも関わっていますが、まだインターネットが行き渡っていない国や地域はあるのでしょうか。
(村井教授)
日本ではユニバーサル・サービスとして、人がいるところは通信をカバーしなければいけない決まりがあるので、インターネット網はほぼ100%整備されています。しかし、海外の貧困地域ではインターネットがまだ整備されていないエリアがあります。CCRCのワーキンググループの一つ「アジア太平洋地域レジリエント社会」では、貧しい地域を含むアジア太平洋地域へのインターネット整備を進めています。この時に重要なことはインターネット回線を繋げるだけでは不十分で、インターネット環境を整備してその上で経済活動を回すところまで援助する必要があるということです。そこまでしないと、より重要な問題である貧困は無くなりません。またそのための教育、人材育成も大学機関として取り組むべきことです。
(鈴木)
この5年でCCRCが一研究機関しての、国内外の社会に対する意義は確立できたということかと思いますが、今後センターとして持っていきたい方向性はすでにありますか。
(村井教授)
行政の人、企業の人、学生、研究者、海外含めて様々な立場の人が集って議論できる体制を整えたいと考えています。企業との人事交流はこの分野の要であり続けました。これからはそれに加えて、例えば行政の人がCCRCの研究員として属したり、逆にCCRCの研究者が行政の職に就いたりする流れを作っていきたいです。デジタル庁でも3割の人が民間人で、週3日デジタル庁、週2日民間企業という働き方をしている人もいます。同じように週3日行政機関、週2日大学といったような働き方をする人を増やしていきたい考えです。行政機関側にとっても大学側にとってもお互いにいい勉強になります。
企業の仕事と研究員を兼任している人はいますが、行政機関の職との兼任はまだCCRCにはいないので、そこに対して働きかけをしていきたいですね。
(聞き手・文章/鈴木薫)

 

村井純教授Profile

工学博士。東京工業大学総合情報処理センター助手、東京大学大型計算機センター助手、慶應義塾大学環境情報学部助教授を経て1997年より同教授。1999年慶應義塾大学SFC研究所所長、2005年学校法人慶應義塾常任理事、2009年慶應義塾大学環境情報学部長、2017年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長。2018年より慶應義塾大学KGRIサイバー文明研究センター(CCRC)共同センター長。
1984年日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。1988年インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを発足させ、インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。。内閣官房参与、デジタル庁顧問、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、国際学会等でも活動。2013年「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りを果たす。2019年フランス共和国レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章。「日本のインターネットの父」として知られる。